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“神功皇后”の由来〜親子健康・子宝祈願・安産祈願・出産祝

●第十四代仲哀(ちゅうあい)天皇の后とされる神話上の人物が神功(じんぐう)皇后です。神功皇后に
は様々な伝説が残っており、その中で最も有名な逸話が新羅(しらぎ)制圧の話です。

●熊襲(くまそ)(九州南部に勢力を持った種族)征伐のため仲哀天皇と神功皇后は筑紫(つくし)に赴きこれを
平定しますが、仲哀天皇は亡くなってしまいます。熊襲の背後に新羅がいることが分かった神功皇
后は、海を渡り新羅に出発しそれを制圧したとされます。神功皇后はその時妊娠中でしたが無事
帰国し、第十五代応神(おうじん)天皇を生んだといわれます。このことから母子健康の神様、安産の
神様とされています。また明治十四年発行のお札の肖像画に使われるなど、かつては国民的な知
名度がありました。

●いわき絵のぼりの神功皇后は母子健康を願い、応神天皇が生まれた場面が描かれています。
応神天皇を抱くのは武内宿禰(たけのうちすくね)(長命で五人の天皇に仕えたとされる神話上の人物)です。
いわき絵のぼり師 辰昇(しんしょう)
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