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鯉のぼり(鯉幟)の由来、武者のぼりとの関係


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いわき絵のぼり吉田
工房滝根庵
mail@musyae.com
ムック本“古布に魅せられた 暮らし〜桜色の章”
幟旗特集に掲載
 学研社2015年2月24日


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“いわき絵のぼり”と”鯉のぼり”
“いわき絵のぼり”と”鯉のぼり”
武者のぼり(節句幟)と鯉のぼりは、とても密接な関係 にあります。江戸初期、端午節句に庭に立てられていたの は武者のぼりで、鯉のぼりはまだ存在していませんでした。
江戸中期に発明された鯉のぼりは当初、武者のぼり(節 句幟)に古来より描かれていた>>鯉の滝昇りという、立身 出世の図柄から作られた「鯉の小旗(まねき〜幟旗の付属品) でした。これがやがて大型の吹流しタイプである鯉のぼりに 変化、独立しました。
鯉のぼりは漢字で「鯉幟」と書きますが、いわゆる「幟」の 形をしていないのは、この辺に由来しています。“鯉の形を した節句幟”というわけです。
あまり知られていませんが、鯉のぼりは武者のぼりの変 形として考案されたもので、親子のような関係です。
従来の絵画表現である武者のぼりに対し、新しい立体表 現の鯉のぼりは、明治大正以降主流となりました。
これは明治維新以降、伝統的な画法をもつ絵師が減った 事も影響しています。
武者のぼりの付属品から派生した初期の“鯉のぼり”/東都歳時記(1838年)より
武者のぼりの付属品から
派生した初期の“鯉のぼり”
東都歳時記(1838年)より
なお、武者のぼり=武家、鯉のぼり=庶民と二分化した 説明が広く伝わっていますが、それは少し言葉足らずで、 実際は武家以外の庶民も江戸〜現在まで武者のぼりを 飾り、地域によっては盛んに行われています。
江戸期には、武家以外で絹製などの上質な幟を立てるの は、贅沢であると諌められる事があったそうです。
縦型の省スペースで飾れ、室内飾りにもなる武者のぼり は、現代では再評価される傾向にあります。
江戸時代前期の“武者絵のぼり”(節句幟)
昔の武者絵のぼり(節句幟)
ここ福島県いわき地方では、藩主が1683年 (天和3年)7 月19日に“端午の節句には、どんどん幟を飾って町を華や かに飾るよう” に御触れを出しており、>>福島県指定伝統 的工芸品いわき絵のぼりとして、現在も当工房で制作さ れています。
武者のぼりと鯉のぼりは両者とも、日本の節句を彩る 伝統文化として根強く受け継がれてきたものです
節句幟といえば「武者絵」のイメージが浸透している事か ら、通称「武者のぼり」と呼ばれています。当サイトでも便宜 上「武者のぼり」と表記。「武者(武家)のみに使用が許さ れた幟」という意味ではありません。実際には武者絵以 外にも古典的な画題が数多く存在し、「絵のぼり」「節句幟」 と呼ぶ方が正確と言えます。
【関連ページ】
>>武者のぼりの起源
>>鯉の滝昇りの由来
>>“いわき絵のぼり”とは
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>>書籍「江戸の幟旗」で全国一と紹介されました。



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