“宇治川の先陣争い”の由来〜競争勝利


「宇治川の先陣争い」は平安時代末期の最も有名な逸話のひとつです。

1184年、後白河法皇から「木曽義仲(きそよしなか)追討」を命じられた源頼朝(みなもとのよりとも) が、弟の源義経(みなもとのよしつね)軍をまず先発隊として出兵させました。義経軍が宇治川に到着す ると、宇治橋は義仲軍により壊されていて、渡ることが出来ません。川の中を渡ろうにも、対岸に は義仲軍が待ち構えていて矢を放ってきます。そこで「我が先陣を切って川を渡る」と名乗り出たの 梶原景季(かじわらかげすえ)佐々木高綱(ささきたかつな)の二人でした。

絵のぼりに描かれている白馬に乗った武士が佐々木高綱、黒い馬に乗った武士が梶原景季で す。実はこの二人には遺恨があり、以前佐々木と梶原が頼朝の白い名馬「生月(いけづき)を欲しが っており、結局この白馬生月は佐々木に与えられました。梶原には黒い名馬「磨墨(するすみ)が与 えられました。それ以来二人の間には並々ならぬ競争心がわいていたのです。

佐々木と梶原は宇治川に飛び込み、自分が先に対岸へ渡ろうと意気込みます。初めは磨墨に乗 った梶原が先を行っていました。そこで佐々木が梶原に「梶原どの、この大事に馬の腹帯が緩んで いるぞ」と親切を装い声をかけました。それを聞いた梶原が腹帯を確認している隙に、佐々木は先 に宇治川を渡りきり、見事に敵軍へ先陣を果たしたのです。

いわき絵のぼりの「宇治川の先陣争い」は、佐々木が梶原に声をかけ、追い抜いた場面を描いて います。その為この図柄は競争に打ち勝つという意味が込められています。
いわき絵のぼり師 辰昇(しんしょう)

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