制作技術の系譜自体は江戸期以前まで遡れるようですが、民間絵
師の話ゆえ現在では大部分が不詳です(いわき市では江戸初期の
1600年代から絵のぼり文化があった事が分かっています)。
独立後はいわき市平字大舘の工房で、基本的に全ての作業を一人
で行っていました。
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草稿龍と波宝珠
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| また「矢羽根」という、棟上式(上棟式)の時に奉納する鶴亀図など
の制作も手がけておりました。
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●曽祖父の絵は独特の強弱ある線が特徴で、明治〜大正期の職
人の息遣いを感じます。
他地域に卸すなどした数モノの作品は、荒々しい完成度で通常は
無落款(卸先の店の印などが入っている事があります)。
一点モノの高級ラインの作品などには自らの号を入れており、
美術工芸品として評価されるべき水準の作品があります。
*ここで紹介しているものでは、上記一連の「座敷幟」作品が一点モ
ノだったようです。
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| ●仕事に対するこんなエピソードが残っています。忙しい時には食卓
の傍にまで筆と硯を置き、図柄を思いつくと、食事を中断して草稿を
描いたそうです。いい絵を描く、という事がそのまま生活の基盤につ
ながっていた時代ならではのエピソードでしょう。
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研究熱心で、名品の絵のぼりを見るために、子供を連れて各地域
を歩きまわったそうです(その子供が後の二代目宇佐美しずえ)。
また当時の絵のぼり組合とは一定の距離を置き、独自に高級ライ
ンの幟の制作をする機会が多かったようです。
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